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6月2日(木)全学礼拝

2022.06.02
オンライン礼拝

奨励者:宮本悟(政治経済学科教授)

新約聖書:マタイによる福音書 第9章17節(新共同訳)P.15

「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

奨励: 新しい状況には新しい自分を入れなさい

 

 

 世の中は新しいものに溢れています。学問や技術は特にそうです。常に新しいものが発明または発見されています。私たちの生活は、この新しいものに支えられています。100年前のアメリカの大富豪と現在の平均的な日本人では、どちらが便利な生活をしているでしょうか。100年前にはパソコンはありません。E-mailもSNSもありません。ウォシュレットもなく、ほとんどの家庭に電機は通っていませんでした。100年前のアメリカの大富豪は、その時代の中流以下の人たちから見れば便利な生活をしていたでしょうが、現代の平均的な日本人から見れば不便な生活を強いられていたように見えるでしょう。

 「昔は良かった」という老人をよく見かけます。これは日本だけではなく、海外でもよく見かけます。そういう部分はあるのかも知れませんが、それはほんの一部分だけを見て、現状を嘆いている証です。全体的に考えれば、「昔は良かった」なんてことは、まずあり得ません。世の中は常に新しくなっているからです。だから自分も新しくならなければならないのです。

 昨日よりも今日が良く、今日よりも明日が良いのです。時には苦しい時もあるでしょう。しかし、どれだけ苦しくても、自分が新しく変わろうとすれば、新しい状況に対応していずれ良いことがあるでしょう。古い自分にこだわって、古い殻の中に閉じこもっていれば、周りの人も含めてすべてを駄目にするのではないでしょうか。常に目まぐるしく変わる世の中の状況に対して「昔は良かった」と古い自分に閉じこもるのではなく、自分の知識や判断能力を新しくして、新しい状況に対処していけば自分も周りの人々も長もちするのです。

 神は、世界を創造されて以来、常に新しいものを世界に与え続けてきました。それを受け取らないのは、神を拒否していることではないでしょうか。ただ、その新しいものには試練や誘惑と感じるものもあるはずです。しかし、それを乗り越えなければ、次に来る新しいものには入れません。人が本当に賢明であるというのは、試練や誘惑を乗り越えながらも、神が与えた新しいものを受け入れていくことなのかも知れません。

 

 

祈り

「世界と人間を造られた神様、あなたは全知全能であり、すべてのことをご存知です。愚かなものは、あなたの与えた新しいものを拒否し、自分だけが正しいと自分の殻にこもります。賢明なものは、あなたの与えた新しいものを受け入れ、自らも新しくなって新しい環境に適用しようとします。どうかあなたの力をもって、多くのものが、試練や誘惑を乗り越えながらも新しいものを受け入れられるだけの知恵と勇気をお与えください。この祈りを主イエス・キリストの聖名によってお捧げします。アーメン。」