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5月19日(木)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.05.19
オンライン礼拝

奨励者:坂井悠佳(和泉短期大学チャプレン、本学講師)

新約聖書:使徒言行録 第4章11~12節(新共同訳)P.219

「この方こそ、

 『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』

 です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名の    

 ほか、人間には与えられていないのです。」

奨励: イエス・キリストのお名前を呼ぶとき

 

 

 神様とは、どのような方なのでしょうか。神様とは、人間を遥かに超えた存在。人間とは全く異なる存在。だから、私たちとはかけ離れた、遠い遠い存在。一般には、神様に対して、このようなイメージがあるかも知れません。

 確かに、神様は、私たちを遥かに超えた方です。神様が私たちを造ってくださったのですから、私たちは何をしても神様を超えることはできません。神様と私たちとの間には、絶対に超えられない違いがあります。

 

 けれども、神様は、私たちを造ってくださって、そしてあとは、「自分で頑張って生きてね」と言って、ただ遠くから見ている方ではありません。

 神様は、私たちを見ている、見守っているだけではなく、なんと、私たちと同じ人間になってくださいました。人間として歩んでくださって、人生の喜びも楽しみも、苦しみも悩みも悲しみも困難も、すべて経験してくださいました。神様は、私たちのために、私たちと同じ人間になってくださった。ただ観察して知っていることと、自分で経験して知ったこととでは、大きな違いがあります。経験したことは、より深く分かります。だから、私たちが味わうあらゆる事柄を、神様ご自身も経験してくださったので、神様は私たちのことを本当によくご存知でいてくださいます。

 

 それでは、神様は、なぜ人間になってくださったのでしょうか。単に私たちのことを理解するためではありません。神様は、私たち人間の罪を赦すために、私たちを罪から救うために、私たちに代わって十字架にかかってくださいました。そのために人間になってくださいました。イエス・キリストとは、そういう神様です。

 私たち人間のことを本当に分かっていてくださり、私たちのためにならご自分の命をも差し出してくださる神様。それほどまでに私たちを愛してくださっている神様。十字架で死なれたけれど、復活されて、今も生きておられ、私たちと共にいてくださる神様。イエス・キリストは、そういう神様です。

 

 聖書は伝えます。「わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。名前とは、その人自身を表します。「この名」、つまりイエス・キリストというお名前をお呼びするとき、私たちは、この方がどんな神様であるのかを思うことになります。

 イエス・キリストは、私たちが想像するような神様の姿ではないかも知れません。ですが、神様は私たちの想像を遥かに超えている方で、私たちが思うものが神様ではないのです。

 イエス・キリストは、私たちのことを本当に分かってくださり、愛してくださり、死からも復活されて、私たちと共にいてくださる神様。そのイエス・キリストに呼びかけ、イエス・キリストがいつも私たちと共にいてくださることを知り、イエス・キリストと共に歩ませていただきましょう。

 

 

祈り

「天の父よ、オンライン礼拝を与えてくださり、御言葉に聴くときを備えてくださいましたことに感謝いたします。私たちのためにイエス・キリストが来てくださり、人間として歩んでくださり、十字架にかかるほどに私たちを愛してくださることに感謝いたします。イエス・キリストが常に私たちと共にいてくださることを、知ることができますように。イエス・キリストが共にいてくださるゆえに、平安の内に日々を歩めますように。聖霊によって、イエス・キリストと共にある歩みを与え続けてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」