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4月26日(火)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.04.26
オンライン礼拝

奨励者:木村太郎(心理福祉学部兼人間福祉学部チャプレン)

新約聖書:ヨハネの手紙一 第4章9節(新共同訳)P.445

「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。」

奨励:生きるための命綱

 

 聖書は、「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです」と伝えます。独り子とは、イエス・キリストです。

 「わたしたちが生きるようになるために」と言われています。しかし、わたしたちは、今、生きています。日々何とか生きています。にもかかわらず、「わたしたちが生きるようになるためです」とあるのは、神さまの独り子キリストによってこそ、本当の意味で生きるようになるということではないでしょうか。

 わたしたちは様々な願いを持っています。それらは人それぞれ違うことでしょう。けれども、共通しているのは、喜んで、自由に、そして恐れなく生きたいという願いだと思うのです。なぜなら、喜びを感じることができなかったり、自分が不遇の中に置かれていると感じたり、不自由であると思ったり、また、見える、もしくは見えない恐れに苛まれることが多いからです。

 神さまは、そのようなわたしたち1人ひとりを、どのような時においても顧み、支え、そして励ましてくださる方であることをお示しくださいました。独り子であるキリストをこの世にお遣わしくださることを通してです。目には見えない神さまが、ご自身を見える仕方で顕してくださり、神さまとわたしたち1人ひとりが確かに結び合わされていることをお示しくださったのです。ですから、キリストは、神さまとわたしたちを繫ぐロープであると言っていいのです。

 スポーツクライミングの大会を見たことがあります。選手たちが、難しい壁を自由自在に登っていく姿、また、垂直な壁を一気に登っていく姿に目を奪われました。なぜ、あのように自由に、そして大胆に登ることができるのでしょうか。それはロープが身体に括り付けてあるからです。本来、身体に何かが纏わり付いているなど不自由極まりないのです。しかし実は、身体にロープがしっかり結び付けられていることによってこそ、自由に、そして恐れなく動き回れるのです。

 わたしたちにもそのようなロープ、つまり、命綱が必要なのです。そしてそれは、神さまからもう既に与えられているのです。聖書に証しされている神さまの独り子キリストです。

 そして、聖書はまた、その方は神さまの愛の表れであるとも伝えています。「ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました」とある通りです。神さまは、わたしたち1人をとらえ離さない方であることを、キリストを通して、ご自身の愛としてお示しくださったのです。

 神さまは、わたしたちが持っている願いをご存知です。だからこそ、わたしたちは一歩踏み出し、神さまの深い愛の表れであるキリストこそ、神さまとわたしたちを結びつける命綱であると信じるだけでいいのです。そうすることによって、本当の意味で、恐れなく、自由に、そして喜びをもって日々の歩みを進めていくことができるのです。

 お祈りをいたします。

 

祈り

 「憐れみ深い天の父なる神さま、それぞれの新しい学期の学びと生活を顧みてください。全学礼拝を通して、聖書に証しされているあなたの独り子イエス・キリストと出会い、目には見えないあなたと繋がっている確かさを与えてください。この祈りを、主の御名によって祈ります。アーメン。」