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4月28日(木)全学礼拝

2022.04.28
オンライン礼拝

奨励者:田中かおる(日本基督教団安行教会牧師、本学講師)

新約聖書:マルコによる福音書 第16章14~15節(新共同訳)P.98

「その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」

奨励: 新しい出発

 

「世の中には、大きく分けると『偽善(きれいごと、理想)』と『露悪(本音、現実)』のふたつが存在する。そして、それはたいてい、理想51%対本音49%くらいで拮抗している。たとえば、憲法9条に関しても、あれは理想にすぎない、非現実的だと言う人と、理想であるからこそ大事、という人が、それぞれ半々ずつである。しかし、どちらか一色になってしまわないところに意味がある。物ごとは、100%か0%ではないのだ。そして、もう一つ、この51%の理想が崩れてこれを手放すことになったら、人間の文明はなくなる」。これは、3月のある日、BSテレビの番組で、浅田彰氏(京都芸術大学教授 批評家)が語った言葉です。ロシアがウクライナに侵攻していることについての討論の中でのコメントです。話し合いで解決すべきという理想は、「そんな理想論では、自国を守れない。ウクライナの現実を見よ!」という本音と当然ながらぶつかる。どちらにも一理ある。しかし、この教授は「拮抗しているけれども、51%の理想を手放してはならない。それは、人類の破滅を意味する」とそこは強く主張していました。大変、示唆に富んだ言葉です。この言葉を聞きながら、人間の歴史は、この理想と現実(本音)が常にせめぎあってきたことを思わされます。時には、本音の方が勝っているかに見えることもありますが、そして、まさに、今、世界はそういう揺さぶりにあっている、と見受けます。理想51%と現実49%が、いつ逆転してもおかしくない、そういう揺さぶりにあっている…それが、今の現実でしょう。深い闇が、希望を押しつぶしそうになっている…人間の本性がむき出しになって、それが「理想」をきれいごととして追いやってしまうのではないか…そういう不気味さが世界を覆っています。

  思えば、主イエスが十字架におかかりになった時、世は闇で覆われました。「昼の12時になると、全地は暗くなり、それが3時まで続いた」(マルコ15:33)、と記されています。昼の12時~3時というと、普通は最も明るい時間帯です。それなのに、真っ暗になった、というのです。昼間の機能がすべてストップして、まるで世が終わったかのように闇でおおわれた、といいます。更に、十字架で息をひきとった主イエスは墓に葬られ、深い闇の中で亡骸は横たわっていました。墓の入り口には、石がころがしてあり、墓をふさいでいたといいます(マルコ15:46)。つまり、暗闇は更に続いていたことになります。光が全く射してこない闇です。…それは、当時も今も、私達人間を覆う、深い闇です。

  さて、安息日が明け、週の初めの日の朝ごく早く、女性の弟子達3人は、墓に向かいました。その行く道々、「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか、と話し合っていた」(マルコ16:3)といいますから、墓の入り口をふさいだ石は、彼女達にとって、明らかに「妨げの石」でありました。ところがどうでしょう?墓についた3人が目の当たりにしたのは「石は既にころがしてあった」(マルコ16:4)という、光景でした。ふさがっていたはずの墓は、開かれていたのです。自分達で、どうやって転がそうかと思案していた女性達です。とても、自分達の力ではあの石は転がせないだろうと、思っていました。ところが「石は既にころがしてあった」のです。神の力の介入です。闇を打ち破って、光をもたらしたのは、神の力です。イエスは墓から復活したのです。しかし、この事態をどの弟子達もすぐには信じられませでした(マルコ16:8,11,13,14)。それはむしろ当然のことです。復活は人間の理解を超えていますから…主イエスは信じられないでいる弟子達をおとがめになりました。しかし、それで終わりではなかったのです。不信仰をおとがめになった後に「全世界にいって~福音(良き知らせ)を宣べ伝えなさい」と、弟子達に新しい任務をお与えになったのです。弱く、不信仰な弟子達を主イエスは「新しく用いて」くださったのです。この後、ペンテコステ(聖霊降臨)を経て、弟子達は主イエスに表された神の愛、福音を世に大胆に宣べ伝えました。それが、今日、私達のところにまで届いているのです。

  人間の世界は争いが絶えず、今もその戦禍で苦しんでいる人々がいます。しかし、「この苦しみの終わりは必ず来る」と信じて希望を失わず、解決の道を探ることを諦めない力は、人間の闇を打ち破って復活を得させてくださった神からくる、と信じる…人間に与えられている51%の「理想」が、49%の「現実、本音、つぶやき」に勝る、と信じて解決の道を諦めないでいることができるのは、復活の出来事の故です。復活の出来事は「神は、闇に勝利してくださった」ことを明確に示します。そこに希望を見出すことができること…それが福音です。不信仰な私達を、福音のために用いることができるお方…それは、主イエスを復活させるお力のある主なる神です。その主なる神によって愛と平和のために私達を用いる、という「新しい出発」へと私達も招かれています。その招きにお応えしましょう。

 

祈り

「主なる神さま、あなたは主イエスを深い闇(墓)の中から復活させたお方です。闇に勝利してくださったあなたのお力の故に、私達は決して希望を失わず、「愛と平和」のために力を尽くすことを諦めないでいることができます。あなたの願っておられる「愛と平和」がこの世界に満ちるよう、どうぞ、私達を用いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。