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4月22日(金)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.04.22
オンライン礼拝

奨励者:古谷野亘(聖学院大学心理福祉学部心理福祉学科特任教授)

新約聖書:ヨハネによる福音書 第20章19節~21節(新共同訳)P.210

「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

奨励:扉を開けて

 

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」    と言われた。

そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

 春学期の授業が始まって1週間ほどが経ちました。張りきっている人が多いでしょう。しかし、そうとは言えない人もいることでしょう。たとえば、張りきって入学してきた1年生の中には「こんなはずじゃあなかった」と思うようになった人がいるかもしれません。2年生でも3年生でも、そして4年生でも、「こんなはずじゃあなかった」と思っている人がいることでしょう。

 先程の聖書の箇所は、イエス・キリストが十字架で処刑された直後の物語です。弟子たちは、ナザレ出身のイエスという人がローマ帝国の支配を打ち破って新しい王国を作る政治的・軍事的なリーダーであると信じて、故郷を捨て、職業を捨ててついてきました。その新しい王国の建設に加わり、自分も出世したいと考えたのです。ところが、イエスはあっさり捕らえられ、処刑されてしまいます。新しい王国で人々の上に立つという弟子たちの希望は潰え、弟子たちは自分もイエスと同じ目にあうのではないかと恐れ、扉(とびら)に鍵をかけて身を隠していました。究極の「こんなはずじゃあなかった」という心境だったと思います。また、イエスを見捨てて逃げた後ろめたさや、自分のふがいなさへの嫌悪もあったことでしょう。閉じられた扉と鍵は、家の扉であると同時に、塞(ふさ)ぎ込んだ弟子たちの心の扉を象徴するものでもあるようです。そこにイエスが現れたのです。

 イエスは「あなたがたに平和があるように」と言って、十字架上で受けた傷を見せます。「お前たちなぜ逃げた」と責めたりはせずに、「シャローム」と平和のあいさつをしてくれます。不安と恐怖、自責の念に捕らえられ、絶望の渕(ふち)に沈んでいた弟子たちが、飛び上がるほど驚き、かつ喜んだであろうことは十分に想像できます。恐れおののき、縮(ちぢ)こまっていた弟子たちは、このときから急に勇敢になって、みずから家の扉を開き、心の扉も開いて、外に出て行き、イエスは復活した、イエスは神の子・キリストだと宣伝して回るようになります。2000年の歴史を刻むキリスト教が生まれた、その瞬間の出来事です。

 私たちの毎日の生活には、思い通りにならないことや不満なこと、腹が立つことがいっぱいあります。将来の不安はもちろんありますし、自分の不甲斐(ふがい)なさや力不足に思い悩むこともあるでしょう。しかし、そういったことがしばしばあるだけに、復活祭のシーズンに新しい学年・新しい学期が始まるのは、特に意味深いことであるように思えるのです。今年の復活祭は4月17日でした。

 失意と絶望の渕に沈んでいた弟子たちが立ち上がったのと同じように、私たちも心の扉を開いて、新しい学年の学びと生活に一歩を踏みだすようにと促され、勇気づけられているように感じます。その一歩を踏みだすのには勇気がいります。一歩踏みだした先に何があるのかは分りません。おそらくイエス・キリストの弟子たちも皆そうであっただろうと思います。しかしまずは、自分が今いるところから、一歩ずつ着実に、しかし頑張(がんば)りすぎずに、前進していきたいと思います。今は失意や苦しみ、試練の中にあったとしても、毎日わずかな努力を続けていくなかで、きっと乗り越えることができるでしょう。救い主であるイエス・キリストが、私たち一人一人に向って、平和と平安を祈る祝福の言葉をかけてくれているからです。

 

祈り

「恵みのもとである神様、私たちがあなたに支えられ、あなたの恵みによって生かされていることを悟らせてください。そして、あなたを頼りに、心の扉を開いて、日々の小さな歩みを進めることができるよう励まし、支えてください。救い主イエス・キリストのみ名によってお願いいたします。 アーメン。