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4月20日(水)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.04.20
オンライン礼拝

奨励者:髙橋愛子(聖学院大学副学長、政治経済学部政治経済学科教授)

新約聖書:マタイによる福音書 第6章34節(新共同訳)P.11

「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

奨励:その日の苦労は一日で十分である

 

 新入生の皆さん 、私たちの学び舎へようこそ いらっしゃいました 。心から歓迎いたします。 在学生の皆さん、ご進級 おめでとうございます 。 この数年間 、 思いがけない新型ウイルスの到来によって、私たちのライフスタイルは大きな変化を余儀なくされましたが、 皆さんは 、そうした予期せぬ変化に苦しみながらも、この試練に耐えつつ乗り越える叡智を身につけてこられたことと思います。本学でも 、 試行錯誤を経ながら少しずつ「日常 」を取り戻し、キャンパスで共に学べることを喜んでいます。本日の礼拝は文書礼拝を通して聖書のみ言葉を心に刻む機会ですので、最近、特に私自身、心に迫ってきた聖書のみ言葉を皆さんと分かち合いたいと思います 。
それが本日の聖句として選んだマタイによる福音書第6章34節の聖句です。この言葉は、新約聖書の中に繰り返し出てくる「 山上の教え(垂訓 )」と呼ばれる 、イエスさまが語られた一連の教えの中の一つです。「その日の苦労は、その日だけで十分である」のだから、今日一日の務めを終えたならば肩の荷を下ろし、思い悩むことをやめてゆっくりと安心して休みなさい、今日はもう明日のことをあれこれと思い悩む必要はないのだよ、というイエスさまの呼びかけが、この短い一節には含まれています 。
イエスさまは、なぜ、「今日一日の苦労は、その日一日だけで十分なのだ」とお話になられたのでしょうか。この聖句の少し前を見ると 、次のように語られています 。

 「 空の鳥をよく、、見なさい、、、、。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる 26節 」 。(中略「 野の花がどのように育つのか、注意して、、、、見なさい、、、、。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか 28-30節」 。

 空を自由に飛ぶ鳥や、野に咲く小さな草花でさえ、 神さまは養ってくださり装っていてくださる、そのことを「よく見なさい」、「注意して見なさい」とイエスさまは私たちに教えています。イエスさまがこのように話されているところを見ると、どうやら2000年以上前も 、あれこれと思い悩み不安に駆られる人が多かったようです 。
 まして現在の私たちを取り巻く環境は、さまざまの情報に溢れ、なぜか「早く、早く」と急かされながら急いで前へ前へと立ち止まることなく進んでいかなければならない、目に見えない圧力の中で不安になり、心も体も十分に休むことをいつの間にか忘れている、あるいは、先を急がないで立ち止まることは「よくないこと」と思い込んでしまっているように思われてなりません 。実は、私自身もその一人です 。毎日、多くのなすべきスケジュールがあり、それらを何とか果たし終えてもなお、不安 が心に迫り、明日のこと、さらには先の将来のことまで考え込んで思い悩む、そうした連続に疲れ果てていました。そんなとき、イエスさまのこの語りかけのみ言葉が心に迫り、 慰めを与えられました。一日の労苦を果たし終えたら、そのあとは、弱い小さな命を養っていてくださる方の恩恵の御手にお委ねして休む。 また、イエスさまが「よく見なさい」、 「注意して見なさい」と繰り返されているように、あくせくしてむやみに動き回っていると「 見るべきもの 」を「 見落としてしまう」。目の前で日々与えられている神さまによる養いのみ業に気付かないでいるのだ、ということにも思い当たります 。
 この聖句からこうした語りかけを受け、心に温めている 内に 、皆さんに一つの提案を思いつきました。日記を書いてみる、ということです。既に日記を書いている人もいるかもしれませんね。毎日でなくてもよいと思います。私が日記を書き始めたのは小学生の時でしたが、 一時期はまったく書きません、書けませんでした。 忙しすぎて何日も書かない日が続き、数年ぶり、数か月ぶりにページをめくるということもありました。 それでも、日記を書くことを心がけていると、「その日一日」の中に、多くの思い悩みや迷い、不安と共に 新しい出会いや感謝、小さな喜びがあることに気付きます。そして、その一日、一日が積み重なる中で、 私たちは恐らく、自身で思っている以上に成長や前進、魂の養いを与えられていることに気付くのではないかと思います 。

 

祈り

「在天の私たちの神さま、新しい年度を迎え、このキャンパスでともに学び合う機会が与えられております恵みを感謝いたします。 一人 ひとりの一日一日の労苦を覚えていてくださる神さま、どうか、一日を終える、そのたびに、背負っている荷をおろして安心して休み 、 魂の安らぎを満たしてくださいますように 。明日という 新しい 一日の始まりと共に、新たな命と力を満たしてくださる神さま、 私たちが見るべきものを、注意深く、よく見る学びを、人生の土台となる学びを、このキャンパスでの出会いを通して築くことができますよう、一人ひとりをお導きください。感謝と祈りを、主イエス・キリストの聖名みなによって祈ります。アーメン。」