お知らせ

お知らせ詳細

Information Detail

1月23日(火)全学礼拝―安井聖先生(賛美歌BGM付)

2024.01.23
文書礼拝

奨励者:安井聖(日本ホーリネス教団西落合キリスト教会牧師、本学講師)

新約聖書:使徒言行録 第7章55~56節(新共同訳)P.227

「ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。」

奨励:神の右に立ち上がっておられる主イエス

 

 

 初代教会の伝道者であったステファノは、主イエスへの信仰告白を貫いた結果、当時キリスト教会を迫害していたユダヤ人たちによって石で撃ち殺されるという最期を迎えました。まさにその時、神の右に立っておられる主イエスのお姿を見させていただいたことは、ステファノをどんなに励まし力づけてくれたことでしょう。

 以前、わたしの知り合いの牧師が礼拝式においてこのステファノの姿を説き明かす話をなさり、その文章を読ませていただきました。実はその礼拝式の前日に、ある教会員のお子さんが不慮の事故で亡くなりました。家族、教会の仲間たちが激しく心を揺さぶられる出来事のただ中で、その牧師はステファノの姿を指差しながら次のように語りかけました。「当時の教会の人々もまた、なぜ、こんなふうにわれわれは厳しい体験をしなければならないのかという問いの中にありました。ステファノもまたそうでした。堂々と死にながら、しかし、なぜわたしは、今ここで殺されなければならないのか、これはおかしいではないですか、と神に問う思いもあったに違いない。しかし、それを超えるのです。超えられるのです。自分の信仰によってではありません。主イエスがステファノを助けてくださるために、迎え入れてくださるために、立ってくださる、立ち上がってくださるからです」。

 わたしは最初、「おや?」と思いました。「なぜですか」と神に問うステファノの姿を、使徒言行録は語っていないからです。しかしその牧師は、今自分たちが経験している悲しみと重ねあわせるように聖書を読み、その言葉に耳を傾けながら、ステファノもまた自分たちと同じ戦いの中にあったことに気づかされたのだと思います。そんなステファノのために、そして自分たちのために、今神の右に立ち上がっておられる主イエスのお姿を、礼拝式に集まったみんなで仰がせていたただきたい、そう願ったのだと思います。「主イエスは今立ち上がって、悲しみに打ちひしがれているわたしたちに全身全霊をもって働きかけ、その御手で支えていてくださる。『なぜですか』と神に向かって悲しみ、嘆かざるを得ないわたしたちを、主はしっかりと抱き留めていてくださる」。

 主イエスは今わたしたちのためにも、神の右に立ち上がっておられます。立ち上がって、身を乗り出すようにして御手を伸べ、どんな姿をしているわたしたちをも力強く抱き留めていてくださるのです。

 

 

祈り

「悲しみを、恐れを、不安を経験する時、心が激しく揺さぶられてしまう時、そんなわたしのために神の右に立ち上がっていてくださる主イエスのお姿を、いつも心の眼で見ることができますようにお助けください。主の御名によって祈ります、アーメン。」