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1月11日(木)全学礼拝 成人を祝う礼拝―菊地順先生(賛美歌BGM付)

2024.01.11
文書礼拝

奨励者:菊地順(政治経済学科特任教授)

新約聖書:マタイによる福音書 第10章22節(新共同訳)P.18

「また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」

奨励:希望に支えられた忍耐―成人式を覚えて

 

 

 成人を迎えられた皆さん、おめでとうございます。今日は成人を迎えた人たちのことを覚えて礼拝を守りますが、今日は特に皆さんに一つのことをお話ししたいと思います。それは忍耐ということです。なぜなら、「人生は忍耐である」と言っても過言ではないほどに、忍耐が大切であると思うからです。

 ところで、今日の聖書の箇所で、イエス・キリストも、同じようなことを語っています。イエス・キリストは、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と語っています。おそらく、耐え忍ぶという言葉を聞いて、皆さんが最初に抱くイメージは、マイナスのイメージではないでしょうか。さまざまな困難な状況を耐え忍ぶ、身に降りかかってくる苦しみを耐え忍ぶ、そういうイメージだと思います。確かに、今日の聖書の箇所には非常に厳しい現実が語られています。「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれるであろう」という厳しい言葉が語られています。実は、これは、イエス・キリストが弟子たちを伝道に派遣する時に語った言葉です。神の国を伝えるための伝道に弟子たちを派遣するとき、イエス・キリストは弟子たちが受ける迫害を予想していたのです。そのため、「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれるであろう」と語ったのです。

 そういった出来事を思いますと、耐え忍ぶということは、全くのマイナスのイメージでしかないと思います。そして、そうしたことは、人生において、できるだけなしに済ませたいと思うのが常ではないでしょうか。しかし、イエス・キリストが語る「耐え忍ぶ」ということは、決してそうした否定的な、また絶望的なことではないのです。むしろ、それは希望に支えられた取り組みなのです。そもそもそれは、弟子たちにとっては、伝道という企てから生じるもので、偶然降りかかってくるようなものではありません。伝道という、一つの目的に向かって、世界に乗り出していく中で生じてくることなのです。そこには目的があり、意味があります。そして、それを実現するために「耐え忍ぶ」ということが生じてくるのです。ですから、それは、何かを一方的にただ耐えるということではなく、目的を実現するという「希望」に支えられたことなのです。しかも、それは、イエス・キリストが命じられた伝道なのです。イエス・キリストが、「行って、すべての人に福音を宣べ伝えなさい」と命じられたのです。ですから、それはイエス・キリストによって命じられ、支えられた伝道であって、そこにもっと大きな希望があるのです。そして、このことが重要なのです。すなわち、ここで語られている「耐え忍ぶ」ということは、希望に基づく忍耐であるということなのです。ただ困難なことを一方的に耐えるということではなく、希望に基づく忍耐なのです。ですから、そこにはまた、希望によって与えられる耐える力が備わっているのです。そうした希望によって支えられた忍耐が、弟子たちの忍耐であったのです。

 しかし、これは、ただ弟子たちの話ではないと思います。それは、皆さん、一人ひとりにも当てはまることだと思います。皆さんも、卒業後は社会に出ていきます。そこで皆さんは、社会の一員として仕事をし、家庭を作り、それぞれの目的実現のために邁進していくことになると思いますが、その時必要なのは、イエス・キリストが弟子たちに語った言葉と同じ言葉なのです。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」という言葉なのです。皆さんも、一つの目的に向かって歩まれていくことでしょう。今は、明確な目的がなくても、それは徐々にはっきりしていくのではないかと思います。そして、それは具体的には一つの職業となっていくと思いますが、それはまた、ただ生活の糧を得るための手段というだけではなく、この社会の中にあって、自分自身を生かす仕事ともなっていくと思います。そして、そこには、ある使命というものが見えてくるのではないかと思います。自分がこの社会に遣わされている使命、ミッションというものが見えてくるのではないかと思います。そして、その使命、ミッションを果たすのが、人生の目的となっていくのです。イエス・キリストの弟子たちが伝道という使命を与えられて生きたように、皆さん一人ひとりにも、何らかの使命が与えられているのです。それが、人生の本来の姿だと思います。そして、その人生を全うするために必要なのが、忍耐なのです。

 しかも、弟子たちがイエス・キリストから伝道という使命を与えられたように、皆さん一人ひとりの使命も、突き詰めていくと、神からきているのではないでしょうか。皆さん一人ひとりを創造し、皆さん一人ひとりの人生を支え導かれる神からきているのです。ですから、そこで与えられる使命は、神によって与えられた使命であるとも言えます。そしてまた、そこには神によって支えられているという希望があるのです。そして、その希望こそが忍耐を支える力なのです。

 この世には、困難があります。弟子たちが、その伝道において遭遇したような迫害すらあります。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われるのです。勝利を得ていくことができるのです。そして、それが人生そのものでもあるのです。皆さんも、皆さん自身の使命を見いだし、その背後にある神の支えを見上げながら、希望を持って最後まで耐え忍ぶ者となってほしいと思います。そして、自分の使命を全うし、意義ある人生を送って欲しいと思います。皆さんの上に、神の祝福をお祈りいたします。

 

 

祈り

「主イエス・キリストの父なる御神、み名を賛美いたします。今年成人を迎えた一人ひとりが、家族に支えられ、またあなたに導かれてこの時を迎えることができましたことを感謝いたします。どうぞ、一人ひとりが、あなたに支えられて、希望をもって、それぞれに与えられた人生に取り組んで行くことができますよう、守り導いて下さい。また、戦争や自然災害の中で労苦しているすべての人たちを守り支えてください。主イエス・キリストのみ名によって、お祈りいたします。アーメン。」