お知らせ

お知らせ詳細

Information Detail

12月13日(水)全学礼拝―久保哲哉先生(賛美歌BGM付)

2023.12.13
文書礼拝

奨励者 :久保哲哉(聖学院中学校高等学校チャプレン)

新約聖書:マタイによる福音書 第1章18~25節(新共同訳)P.1

「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。

その名はインマヌエルと呼ばれる。」

この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」

奨励:救いの道を進もう

 

 

 クリスマスの季節がやってくるたびに毎年この箇所で聖書の授業を行うのですが、この時のヨセフの気持ちを想像するたびに、心がモヤッとします。長い婚約期間を終えた後「やっと結婚ができる」と喜んだ矢先に、マリアが聖霊によって身ごもったという事実が知らされるのです。しかし、ヨセフの目にはマリアが浮気を行ったとしか見えないでしょう。姦淫は悪霊の働きがもたらすものです。この事実を知ったときのヨセフの心中を想像するだけで辛いものがあります。マリアを姦淫の罪で告発したならば、当時の法に照らして死刑を免れることはできません。ヨセフがひそかに縁を切ったとしても、不幸のどん底に陥ることは明白です。

 前門の虎、後門の狼とはこのことです。どちらを選択しても心にもやもやが残る。そんな状況です。このような困難のとき、皆さんだったら、どのようにこの状況を打開するでしょうか。私の想像ではヨセフは「正しい人」であったので、主なる神に、熱心に祈ったのだろうと思えます。それで、ヨセフは祈り疲れて眠りについてしまったのでしょう。すると、夢に天使が現れていいました。

 

「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである(マタイ1章20節)」

 

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(マタイ1章23節)」

 

 この言葉は紀元前の時代、預言者イザヤが救世主・メシアの到来を預言した箇所です。

 ここでヨセフに、イザヤが預言した「おとめ」がマリアであること。そして、生まれてくる男の子は神の子、メシアであることが示されました。そして、大胆にも、ヨセフは夢の中で語られた聖書の言葉を「本当のこと」として信じて従ったのです。ここに、人間の知恵では到達することができない救いの道が示されました。神の言葉を信じ、マリアのことを信じる。神を愛し、隣人を自分のように愛する道が神の言葉を信じることから始まったのです。私たちもこの救いの道を進みたいのです。

 大変で、自分の力ではどうにもならないとき。そんなときこそ、礼拝に参加してみてください。思いもよらない仕方で、必ず、神が道を開いてくださると信じています。祈りましょう。

 

 

祈り

「天の父なる神よ。あなたの御名をたたえます。どうか、私たちに御言葉を信じる勇気をお与えください。あのヨセフのように、大胆に、主イエスを我が内に迎え入れ、喜びにあふれて、この日々を過ごすことができますように。導いてください。愛する主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」