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11月29日(水)全学礼拝ー松田頼子職員(賛美歌BGM付)

2023.11.29
文書礼拝

奨励者:松田頼子(教育支援課職員)

新約聖書:コリントの信徒への手紙二 4章18節 (新共同訳)P.330

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

奨励:見えないものに目を注ぐ

 

 

 この度の奨励で学生のみなさんに何をお伝えしようか考えていた中で、サン=テグジュペリ作『星の王子さま』にある一節を思い起こしました。

「心で見なければものごとはよく見えないってこと。大切なことは目に見えないんだ」

 私は学生時代にこの本に出会い、物語にちりばめられた美しい言葉や隠された思想に心惹かれました。物語では、王子さまが惑星を旅し、そこでは人を支配したがる王様、賞賛の言葉しか受け入れない虚栄心の強い人、嫌なことを忘れるために酒に溺れた男など、様々な人達との出会いを経験します。そして、最後に降り立った地球で、ある日一匹のキツネに出会います。仲良くなったキツネから「人生の秘密」として教えられたのが先の「大切なことは、目に見えない」という言葉でした。

 この「大切なことは、目には見えない」「心でものごとを見る」という言葉から何を教えられるのでしょうか?一人ひとりにとってふさわしい答えがあることでしょう。心で見れば、目には見えない大切なことが見えてくる、目に見えるものだけでは物事の本質や価値を判断することはできない、そういったメッセージが込められているとも言えます。

 一方、今日与えられた聖書の箇所はパウロという伝道者がコリントの教会にあてた手紙の一部ですが、「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぐ」と記されています。『星の王子さま』の言葉と響き合っているようにも聞こえます。ここでは聖書が語る「見えないもの」について考えてみたいと思います。聖学院大学の全学礼拝では神様を礼拝し、神様のお言葉を聞こうと集っています。そもそも私達は神様の存在を目で確かめることはできません。しかし、信仰者はそのような見えない存在を信じているというのです。私が信仰を与えられた時のことを少し振り返ってみたいと思います。

 私の生まれた家はクリスチャンの家系で、信仰を大切にする環境の中で育ちました。しかし、私にはそのようなバックグラウンドを肯定的に捉えられない時期がありました。私の父は牧師になる志を与えられ、私が小学生の時に家族は東京から地の果てと思えるような四国の片田舎の教会へと遣わされました。その町は仏教信仰が根深い地域でもあり、キリスト教を信じている私達家族はよそ者であり、異色な存在のようにも感じられました。そのため、周りに溶け込みたかった私はかえってキリスト教に対して反発的な態度をとることも多くなりました。高校への進学を前に、自ら希望する高校を受験しましたが、受験に失敗。結果、キリスト教主義の高校へ入学し寮生活を送ることになったのです。全くの不本意入学であり、ますますキリスト教から逃げられなくなってしまった状況の中で高校生活がスタートすることになりました。しかし、そこでは思い描いていなかった出会いが与えられました。学校の友人や先生、教会での交わり、また毎朝学校のチャペルで聞く聖書のメッセージを通して、少しずつ自分自身の心が変えられていき、置かれた環境を受け入れていくことが出来るようになりました。私の人生は何か大きな力によって守られている、目には見えない神様が生きて働いていてくださり、その神様のご計画の中で最もふさわしい道が備えられているのだと信じるように導かれたのでした。高校卒業後もキリスト教主義の短大・大学で学びを続け、今聖学院大学で働きの場が与えられています。振り返ると、全ては偶然の中での出来事ではなく、神様の必然があることに気づかされます。

 私達の日常はインターネットやSNSなどによって目には豊かなもので溢れています。また、日々成果を求められ、目に見えるものによって周囲から評価されることに一喜一憂したり、疲れを覚えることがあるかもしれません。足りないものばかりに目が行き、既に与えられている恵みを忘れてしまう。自分のことを顧みてもこのような思いにしばしば捕らわれていることを感じます。そのような時こそ、静かに心を神様に向けてみたいと思うのです。コリントの信徒への手紙の別の箇所でパウロは目には見えない、永遠に存続するものは「信仰と、希望と、愛」であると語っています。

<それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。>(コリントの信徒への手紙一13章13節)

 この最も大いなる「愛」は神様がひとり子であるイエス・キリストを地上に送ることによって実現しました。イエス・キリストを通してあらわされた神様の愛について今ここで語り尽くすことは出来ません。キリストのご降誕を待ち望むアドベント、そしてクリスマスは特別な時ですから、みなさんにはぜひこの礼拝の場で語られる御言葉を通して神様の愛に触れていただきたいと願います。一つだけ申し上げるとすれば、人間を創られた神様は、人の目には欠けが多く心の中でも罪を犯してしまう、そのような私達をありのままの姿で愛し、一緒に歩みたいと願い求めておられるお方です。私達一人ひとりにその神様の愛が向けられていることを共に覚えたいと思います。

 

 

祈り

「天の父なる神様、本日の文書礼拝の時を備えてくださりありがとうございます。

あなたは、私達の目には見えませんが、確かに生きて働いておられ、ご自身をあらわしてくださいます。どうぞ私達の心の目を開いてくださり、神様と出会わせてください。

救い主の誕生を待ち望むこの時、聖学院大学に集う学生、教職員一人ひとりの上に、神様の特別の恵みと平安が与えられますように。この祈りを主イエス・キリストの御名を通して祈ります。アーメン。」