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7月21日(金)全学礼拝―倉橋基職員(賛美歌BGM付)
奨励者:倉橋基(内部監査室職員)
旧約聖書:歴代誌下 第5章11~14節(新共同訳)P.676
「祭司たちが聖所から出ると――そこにいたすべての祭司たちは、組分けによる務めにかかわらず聖別されていた――、レビ人の詠唱者全員、すなわちアサフ、ヘマン、エドトンおよび彼らの子らと兄弟らは、麻布の衣をまとい、シンバル、竪琴、琴を持ち、百二十人のラッパ奏者の祭司たちと共に祭壇の東側に立っていた。ラッパ奏者と詠唱者は声を合わせて主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパ、シンバルなどの楽器と共に声を張り上げ、「主は恵み深く、その慈しみはとこしえに」と主を賛美すると、雲が神殿、主の神殿に満ちた。その雲のために祭司たちは奉仕を続けることができなかった。主の栄光が神殿に満ちたからである。」
奨励:主の栄光が満ちるとき
本日、私たちに示された聖書箇所は、旧約聖書の時代にイスラエルの王となったソロモンが、その首都エルサレムの一角に初めての神殿を建て、そこに十戒を刻んだ石の板が入っている「契約の箱」を設置して、最初の礼拝を捧げた時のことが記されています。
ソロモンは、イスラエルの民に神から与えられた三人目の王さま、三代目の国王、でした。三代目といえばJ SOUL BROTHERS(ジェイ・ソウル・ブラザーズ)ですが、これと同じように、古代イスラエルは、3回のメンバーチェンジ、リーダーの交代を通して、神の言葉にしたがって歩む、平和な国家を築き上げていきました。このソロモンが王となって最初に行なった大きな事業が、「神殿を建てる」ことでした。神殿とは、神を礼拝する場所です。今で言う「教会建築」「チャペル建設」をイスラエルで最初に行ったのが、ソロモンでした。
それ以前の礼拝は、「幕屋」と呼ばれる、移動可能なテントの中で行われていました。古代イスラエルは当初、領土を持たない国でしたから、やがて受け継ぐことを約束された土地に向かって、人々は旅を続けていました。そのため神殿は、人々と共に移動できるように、折りたたんで持ち運ぶことが可能なものになっていました。その後、国家の基礎が整ったイスラエルは、ソロモン王の治世下、恒久的な礼拝堂が建てられ、人々はこの建物で礼拝を行うことができるようになりました。
振り返って見ると、私たちが現在行っている全学礼拝も、同じような道のりを歩んできたのではないかと思います。全学礼拝は、聖学院大学ができるより以前、女子聖学院短期大学が設立された1967年から、途切れることなく行われてきましたが、その礼拝の場所は、長きにわたって、通常の授業で使っている教室でした。全学礼拝の場所は、一般教室(1967年~)、1号館1406教室(1968年~)、4号館4401教室(1992年~)、チャペル(2004年~)、と変遷しました。私が聖学院大学の学生だった1988年4月~1992年3月、全学礼拝は1406教室で行われていましたが、礼拝が終われば、そこはすぐに授業のための教室に戻ってしまいました。「授業」と「礼拝」の区別がつかなくなるので、全学礼拝の時だけは、講壇上に、十字架の刺繡が施されたオルタークロス(講壇布)が掛けられていましたが、礼拝後は速やかにクロスが取り除かれ、教室に戻されますので、私の学生時代には、礼拝後にそのまま祈り続けたくても、祈る場所、祈りの家がありませんでした。
その後、私たちのキャンパスには、神に礼拝を捧げる専用の場所、チャペルが建設されました。天幕のように仮設の礼拝堂ではなく、いつでも主なる神を礼拝する建物が与えられたことにより、私たちには、いつでも神に呼びかける場所、神のもとに立ち帰る場所が示されました。そしてその建物に、私たちがより豊かに主を賛美し、ほめたたえるための楽器として、間もなくパイプオルガンが設置されようとしています。
パイプオルガンは、私たち人間が息の流れに声を乗せて歌うのと同じように、パイプに空気を流して音を生み出します。このオルガンには、2,836本のパイプが使われていますが、それは、聖学院大学・大学院の学生、聖学院みどり幼稚園の園児、さいたま上尾キャンパスに連なる教職員、そして聖学院教会の教会員など、このキャンパスに集う人数と、ほぼ同数です。パイプオルガンに用いられている一つひとつのパイプは、それぞれ異なった音程や音色を持っていますけれども、それらが組み合わさって、一つの楽器として神を賛美するのと同じように、このキャンパスに集う私たち一人ひとりも、間もなく完成するパイプオルガンの音色に導かれながら、ともに声を合わせ、心を一つにして、主を賛美したいと思います。今日も主の恵みに信頼しつつ、このキャンパスに主の栄光が満ちるように、善き力に囲まれて支えられる豊かな一日であるように、そう祈りを合わせる者でありたいと願っています。
祈り
「恵みと憐みを与えてくださる、主イエス・キリストの父なる神よ。みなをあがめ、心から讃美いたします。わが神、主よ、あなたの僕(しもべ)の祈りと、その願いを顧みてください。あなたの僕(しもべ)が御前に献げる嘆きと祈りを聞き入れてください。昼も夜も、ここに目を向けていてください。ここはあなたが、『そこにご自分の名を置く』と仰せになった所です。あなたの住まいである天から私たちの祈りを聞いてください。この祈りをまことの光となられた、主イエス・キリストのみなによって祈ります。アーメン。」