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1月17日(火)全学礼拝―竹井潔先生(賛美歌BGM付)

2023.01.17
オンライン礼拝

奨励者:竹井潔(政治経済学科特任教授)

旧約聖書:イザヤ書 第30章18節~24節(新共同訳)P.1108

「それゆえ、主は恵みを与えようとして

あなたたちを待ち

それゆえ、主は憐れみを与えようとして

立ち上がられる。

まことに、主は正義の神。

なんと幸いなことか、すべて主を待ち望む人は。

まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ

もはや泣くことはない。

主はあなたの呼ぶ声に答えて

必ず恵みを与えられる。

主がそれを聞いて、直ちに答えてくださる。

わが主はあなたたちに

災いのパンと苦しみの水を与えられた。

あなたを導かれる方は

もはや隠れておられることなく

あなたの目は常に

あなたを導かれる方を見る。

あなたの耳は、背後から語られる言葉を聞く。

「これが行くべき道だ、ここを歩け

右に行け、左に行け」と。

そのとき、あなたは銀で覆った像と

金をはり付けた像を汚し

それを汚れたもののようにまき散らし

「消えうせよ」と言う。

主は、あなたが地に蒔く種に雨を与えられる。

地の産み出す穀物は豊かに実る。

その日には

あなたの家畜は広い牧場で草をはみ

地を耕す牛やろばは

ふるいや箕でえり分け

発酵させた飼葉を食べる。」

奨励:春を待ち望む

 

 

松任谷由実の「春よこい」は私の大好きな歌の一つです。

 

淡き光立つ俄雨・・・

春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く

 

冬の時期を過ごしてきた私どもは春の到来が待ち遠しいものです。野の草花が芽吹き始め美しい花々や萌木が私たちの心を和ませてくれます。そのような春の到来を私たちは待ち望んでいます。私たちの心は、様々な不安や悩み、苦悩に満ちています。そして希望を持ちたい、心の中にも春が訪れることを願うものです。

ところで、内村鑑三(1861―1930)は武士の家に生まれましたが、貧しく苦労多い生活をしながらも当時、辺境の地であった北海道の札幌農学校に入学しました。札幌農学校は北海道大学の前身ですが、初代教頭として赴任したクラーク博士の「少年よ、大志を抱け」という名言は有名で知っている人が多いかと思います。内村鑑三はそこでキリスト教に出会い、日本のキリスト教の思想家としてキリスト教の伝道活動を行ってきました。内村鑑三は『聖書之研究』を刊行していましたが、改題した『新希望』には次の「春は来りつつある」(七十三号)という詩を掲載しています。

 

 雪は降りつつある

  然し春は来りつつある

 寒さは強くある

  然し春は来りつつある

 

この詩は牧歌的な春の詩であることで知られていますが、むしろ鑑三が不遇の時、落ち込んでいるときに、彼が希望を見出すために生み出された詩であります。そして鑑三が真剣に春が来るのを待ちわびていることを、次の「春の到来」(七十四号)という詩でも伺うことができます。

 

佳き期は来れり

春は来れり

花は咲かんとす

鳥は歌わんとす

小川の氷は解けて

其の辺に菫(すみれ)笑ふ

 

鑑三は近代日本の曙ともいえる激動する時代において、様々な試練や失意のどん底にあっても、北海道の寒さ厳しい冬からやがて来る春の到来を待ち望むべく、新しい希望の光を切に待ち望んでいたに違いありません。

今日の聖書の箇所であるイザヤ書30章の18節に以下の聖句が記載されています。

 

それゆえ、主は恵みを与えようとして

 あなたたちを待ち

それゆえ、主は憐みを与えようとして

 立ち上がられる 

まことに、主は正義の神。なんと幸いなことか、すべて主を待ち望むひとは。

 

主が「それゆえ」と言っているのは、15節に「お前たちは、立ち返って静かにしていれば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある。」と主が言われたにもかかわらず、人々がこれを望まなかったので、「それゆえ」ということです。私たちはとても弱い存在で、災いや苦しみ、不安なことがあると、主に立ち返って主を信頼し、心静かにしていなさいと言われても、平常心を失い、じっとしていられなくなり、威嚇されようならばその場から逃れようと一目散に逃げ惑ってしまうのが常です。そんな私たちに対してですが、それゆえ、主は私たちに恵みを与えようと私たちを待ち、憐みを与えようとして私たちのために立ち上がるのです。

私たちの能力には限界があります。しかし主にすべてをゆだね、主を待ち望めば主の恵、祝福が与えられるのです。

「あなたを導かれる方は もはや隠れておられることなく あなたの目は常にあなたを導かれる方を見る」(20節)そして、主は私たちに春をお与えになるのです。主は地に蒔く種に雨を与え、穀物はやがて豊かに実り、家畜は広い牧場で草を食む、このような恵み、のどかな牧歌的ともいえる恵が与えられるのです。私たちは失望や絶望の中にあっても、春の到来、希望の光を待ち望んでいきたいものです。

 

 

祈り

「父なる神様 主はいつも私たちを見守っていていることに感謝いたします。私たちは様々な苦難や困難な状況の中に置かれて、不安な気持ちになり、平常心を失ったりすることが多い者です。しかし私たちの理解をはるかに超えた神の平安が私たちの心と思いを守ってくださることを信じ、主を待ち望みます。今日の一日もあなたによって平安が与えられて、私たちに癒しと希望の光をお与えください。アーメン。」