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12月2日(金)全学礼拝―相川徳孝先生(賛美歌BGM付)

2022.12.02
オンライン礼拝

奨励者:相川徳孝先生(児童学科特任教授)

旧約聖書:詩編 第27編14節(新共同訳)P.858

「主を待ち望め  

 雄々しくあれ、心を強くせよ。

 主を待ち望め。」

奨励:主を待ち望む

 

 

 保育園では保護者の都合で長時間保育を受けている子ども達が多く生活しています。お迎えが遅くなる子ども達は遊びながらもインターホンの音が鳴る度に出入り口を見ます。そして自分のよく知っている声で「ただいま」の言葉を耳にするといままで保育士の膝にいた子どもも一目散にお母さんやお父さんに抱っこされ、嬉しそうに「おかえりなさい」と走って抱きつく姿がよく見られます。  

子ども達がお迎えを「待つ」背景には「自分が愛されている」という確信。そして「お父さん、お母さんは必ず約束を守る」と信じているからこそ待つことができるのです。

このような子どもの姿こそ、クリスマスを待ち望む本来の姿ではないかと思います。

 神様はその一人子、イエス様を私たちのために与えて下さると約束をしてくださいました。でもその時はいつなのか、誰もわかりませんでした。そのために私たちは「待つ」ことが求められたのです。しかし「待つ」ことができず神から離れてしまう人もいるのです。「待つ」間に私たちは神に対する信仰が本物かどうか、本当に信頼しているのかどうかがためされているのです。お迎えを待つ子どものように必ずその時が来る。私たちを愛し導いてくださる方が必ず来ると信じることが希望に繋がるのです。

 聖書を見てみたいと思います。今回は詩編27編14節です。「主を待ち望め 雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め」

「待ち望め」とはあなたを見捨てずにいつも共にいるお方を待つこと。「雄々しくあれ」とは、大胆に心を神に向け、神から離れないねばり強さを持つこと。「心を強くせよ」とは、心の中心に、神様との関係をしっかり置き、神様を信じる決意の強さを持って神を待ち望むことです。この世の中は、予測できないことやどうしてよいかわからないことが私たちの身近にもいろいろなことが起こります。病気や家族の問題、友だちとの関係など様々な辛いこと、苦しいこと、涙することがあります。そのような絶望の中にあっても、神は絶対に私たちを見捨てられることはない、と仰せられました。私たちはこのみ言葉によって、どんなに励まされていることでしょう。私たちが主を待ち望む時に主は私たちの心を強め、勇気と力と信仰を与えてくださるのです。このことを心に留め、神様の一人子であるイエス様のお誕生を待ちたいと思います。

 

 

祈り

「いつも私たちの心と身体を支え、導いて下さっていること感謝します。今はアドベントの時。この時に1年を振り返り主の御心にかなう生き方ができたのかどうか、またあなたから与えられた賜物を他者のために活かすことができたのかを考える時とさせてください。今この時に心に重荷を負っている人、健康に不安を抱えている人に主からの慰めがありますように。主のみなによって祈ります。アーメン。」