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11月29日(火)全学礼拝―川中真先生(賛美歌BGM付)

2022.11.29
オンライン礼拝

奨励者:川中真先生(日本キリスト教団香貫教会・日本キリスト教団沼津大岡教会牧師)

新約聖書:ヨハネによる福音書 第15章5節(新共同訳)P.198

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」

奨励:「主イエスにつながる者」

 

 

 小生の祖父母も両親もクリスチャンでした。小生は3代目のクリスチャンなのです。さぞかし立派なクリスチャン・ファミリーだと思われるでしょうが、クリスマスにしか礼拝に行かないクリスマス教会員でした。

 家の近くに教会があったので、教会付属幼稚園を卒園して、気が向けば教会学校に通うくらいの者でした。10代の頃の小生は、牧師の温かさや、讃美歌の美しさ、兄弟姉妹の交わりの楽しさで、教会に通っておりました。今考えてみますと、そこに真の平安や喜び、神様への感謝や讃美の思いはとても薄かったのです。いわば二次的な事ばかりを求めて、イエス様にしっかりとつながっていようという気持ちはありませんでした。

 英語が好きだったわけではありませんが、親から離れられるチャンスと思い17歳の時に単身渡米致しました。中西部の町だったので、テレビで見ていた米国とは違っていたのです。ホームスティ先の両親もルター派のクリスチャンです。しかし、都会の町へダンスに行くからと言って、時々礼拝を休むのです。なんで、クリスチャンが礼拝を休むのだという思いから、小生は教会学校に休まず通いました。困らせてやろうという思いからなのです。それと兄弟姉妹の交わりが楽しかったのも事実でした。

 そんな中、突然洗礼を受けたくなり、小教理問答のクラスに通い受洗したのです。小生の暮らしていた中西部の町の人口は約5000人、一世帯の家の広さ約100万坪(山手線の内側の面積の約二倍)です。死んだらどうなるのだろうと真剣に考えました。どこかに穴を掘られて埋められたら、俺はもう見つけてもらえないという恐怖が湧いたのです。唯一持って行った日本語の聖書を読み、段々と心が落ち着いたことを覚えております。イエス様に委ねれば良いと思えるようになったのです。

 イエス様がぶどうの木とその枝について話されるとき、イエス様御自身がぶどうの木です。また、イエス様を通してのみ、人は聖なる神様とつながることができます。このぶどうの木につながっていない人は、神様にもつながってはいません。イエス様を介してのみ、人は神様につながることができる、ということです。共に主の恵み豊かな人生を送ろうではありませんか。

 

 

祈り

「恵み豊かな主なる神様 聖学院大学に集う一人びとりに上からの祝福が与えられますように、悩みのある者に、あなたが隣人としておられることを、知ることができますように、いつもどんなときにもイエス様とつながる人生を、送ることができますように、祝し守って下さい。アーメン。