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10月26日(水)全学礼拝―宮本悟先生(賛美歌BGM付)

2022.10.26
オンライン礼拝

奨励者:宮本悟(政治経済学科教授)

新約聖書:マタイによる福音書 第7章6節

「聖なるものを犬に与えてはならない。また、豚の前に真珠を投げてはならない。豚はそれを足で踏みつけ、犬は向き直って、あなたがたを引き裂くであろう」(聖書協会共同訳より)

(新共同訳ではP.11)

奨励:「神の国を求めたければ豊かになりなさい」

 

 

 ことわざである「豚に真珠」の由来となった聖句です。ことわざの意味は、よく知られているように、「価値が分からない相手に、価値のあるものを与えても無駄である」です。「猫に小判」とほぼ同じ意味です。

 現代でもユダヤ教やイスラム教では、不浄のものとして豚を食べることをタブーとしています。現代のキリスト教では豚を食べることはタブーとされていませんが、原始キリスト教ではタブーとされていました。「猫に小判」の猫は、言うことを聞かないペットとしての扱いですが、「豚に真珠」の豚は、卑しいものが食べる汚くて不浄なものという扱いなのです。

 「豚に真珠」というのは、現実の世界でよく見かけます。イエス・キリストの時代よりもはるか以前、古代中国の政治家の言葉にもその概念が見られました。斉の国の宰相であった管仲の富国強兵策の一部にもそれを垣間見られます。「倉廩實則知禮節、衣食足則知榮辱(倉廩(そうりん)実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る)」がそれです。この意味は、「人は生活が豊かになると、礼儀や道徳を考えるゆとりができる。生活にゆとりができれば、自然に道徳心も生じて礼儀を知るようになる」という意味です。反対に、貧しく、生活にゆとりがない人々に礼儀や道徳を説いても無駄であることを管仲は示唆しています。

 だからこそ、商業や農業などの産業を発展させて、豊かになりたいと願う人々が集まって来れば、自然とそれらの人々は礼儀や道徳を身に付け、社会秩序も平和となり、強兵を備えることが可能であると管仲は説いたのです。実際に、管仲の富国強兵策によって、斉は中華の覇者となり、戦乱で乱れていた中華に一時の平安の時代をもたらしました。

 同じように、産業を発展させて、人々が自らの能力と努力によって豊かになれるようにして、生活にゆとりをもてば、人々は神の教えに耳を傾けるようになるものです。反対に、他人に金銭の施しを求めたり、他人の財を奪ったり、他人を陥れてその地位と財を奪ったりするほど生活にゆとりのない人たちがどうして神の教えを聞くでしょうか。管仲も道に外れて豊かになろうとしたものを厳罰に処することを説いています。心も財も貧しく、生活にゆとりのない人たちに神の教えを説いても無駄なのです。それはまさに「豚に真珠」なのです。

 金持ちやケチになれと言っているのではありません。金持ちになっても、貧しい時と同じように生活にゆとりがなければ、傲慢になり、堕落して神の教えに耳を傾けないでしょう。重要なことは、生活にゆとりを持てるように豊かになる真っ当な努力をすることで、神の教えを求める自分に気が付くことだと思います。

 

 

祈り

「宇宙と人間を作られた神様、あなたは全知全能であり、御国に入れる者と、入れない者を分けることができる唯一の存在です。どうか、神様の教えに耳を傾け、信仰を強く持てるように人々の心と財を豊かにしてください。この祈りを主イエス・キリストの聖名によってお捧げします。アーメン。」