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7月1日(金)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.07.01
オンライン礼拝

奨励者:野村春文(児童学科特任講師)

新約聖書:ルカによる福音 第10章25~37節(新共同訳)P.126

「すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

奨励:隣人になる

 

 

 今日の福音で、律法の専門家は、イエス様に「何をしたら永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と最初に問いかけました。イエス様とのやり取りにおいて、律法の専門家は、律法にある文言で「隣人を自分のように愛しなさい」とこたえましたが、さらに『わたしの隣人とはだれですか』とイエス様に言いました。そこで、イエス様は 『善いサマリア人のたとえ』で「隣人」について話されました。

 イエス様の生きていた社会では、ユダヤ教の律法学者や祭司たちが、人々を教え、導いていました。ユダヤ人は、自分たちは神さまからいちばん愛され、選ばれていると考えてほかの民族であるサマリア人を差別し、敵だと思っていました。

 しかし、追いはぎにおそわれ、怪我をして倒れていたユダヤ人を助けたのは、仲間のユダヤ人ではなく、差別されていたサマリア人でした。道の向こう側を通って行った祭司は、神殿の宗教的儀式を司る聖職者であり、レビ人は、宗教的公務を果たす階級の人でした。つまりふたりとも律法を司る立場にいました。「律法」には、「隣人」を大切にするようにとありますが、「隣人」とは、「隣の人」「自分の家族」「自分にとって親しい人」だけを意味すると考えられていたようです。イエス様はこのたとえ話をとおして、自分のまわりの知らない人や困っている人も「隣人」となると教えてくださいました。そしてまた、今、ここで困っている人によりそえるということが「隣人」となるとも教えてくださったのです。

 このたとえ話に接する時、道の向こう側を通る人でなく、傷ついた人を見て、すぐに近づき助けたサマリア人のようになりたいといつも思います。しかし、日常生活の中ではたしてどうでしょう? 日常生活に追われ忙しさなどを理由にしていることがあるのではとはっとします。祭司やレビ人も怪我をした人のことが全く気にならなかったわけではないのかもしれません。急ぎの用事があったり、自分も襲われては困ると思ったりし、そのことを優先させたのかも知れません。

 自分にとって誰かが隣人になってくれていたということにあらためて気がつきました。よりそってくれたことに感謝し、また、喜びを感じます。そこに神さまの働き、導きがあったと思います。助けられた経験、支えられた経験などをとおして、してもらった事への喜び、気づき、感謝などを実感します。きっとこのようなとき、「行ってあなたも同じようにしなさい」とイエス様はおっしゃっているのだと思います。動こうとしたとき動いたとき私たちは、「隣人」となるのではないでしょうか。

 今、ここで、何が必要なのか。何を求められているのかを気づけるようなこころを持てるように、そして行動に移せるように神さまに祈りながら、過ごしていきたいと思っています。

 

 

祈り

「すべての人の父である神様、あなたに仕える民である私たちの歩みを支えてください。忙しい日常においても周りに目を向け、気づけるこころを持てるように、そして、寄り添うことができるように導いて下さい。自分自身が気付かないうちに様々なできごとにおいて支えられ、助けられ力づけられています。隣人の存在に感謝し、喜びを持って隣人からいただいた優しさを、同じように伝えていくことができますように。ロシアによるウクライナ侵攻で、人々が激しい攻撃を受けています。人間の仕業であるこの戦争が一日も早く収束しますように。命の危険と不安のうちに過ごしている人々に一日も早く穏やかな生活が与えられ、人間の尊厳を回復することができますように。一つの地球に生きている私たちが言語や文化の違いを受け入れ合い、争うことなく、助け合っていけますように。私たちの主イエス・キリストの御名によって。アーメン。」