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6月29日(水)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.06.29
オンライン礼拝

奨励者:竹井 潔(政治経済学科特任教授)

新約聖書:マタイによる福音書6章25-31節(新共同訳)P.10

「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。」

奨励: 思い悩むことはない

~ ブラザー・サン シスター・ムーンに見る自然の恵み ~

 

 

 私は最近、散歩する機会が増えてきました。春になると草花が色とりどりに一斉に咲き誇ります。今までは気にも留めなかったような小さな草花もよく見ると綺麗に咲いていて、自然への感動と癒しのひと時を与えてくれます。一つ一つの草花から命の営みを感じます。まさに創造主が造られた自然の芸術作品であると感動をするのです。

 ブラザー・サン シスター・ムーンという映画があります。1972年に公開された映画ですが、私は学生時代にこの映画を見に行って、とても感動したことを思い出します。アシジのフランチェスコの半生を描いたものです。

 裕福な商人の家に育った主人公のフランチェスコに回心ともいえる大きな出来事が起こりました。病に冒されてベッドに横たわっていたフランチェスコは、窓辺に止まっていた小鳥のさえずる鳴き声に眼を覚ましました。小鳥は野山に向かって飛んでいきましたが、彼は小鳥を追いかけて外に出ました。そして小鳥がさえずり、野の花に蝶が舞い、美しい花や草木が生い茂る自然に触れてその素晴らしさを再発見しました。

 また教会の中には何の不自由もなく富める人々が多く集まり、一方教会の外には貧困の中で神に祈って生活をしている人々の姿があり、このギャップにフランチェスコは大きな疑問を抱きました。そして彼は自分の家を出て、着ている服を脱ぎすて、裸になって野に向かい、サン・ダミアノ教会建設をめざしていきました。しだいにフランチェスコの活動に共感を覚えた仲間たちが集まるようになっていきました。

 しかし、フランチェスコの活動に反感を抱いていた司教たちの陰謀によってサン・ダミアノ教会は焼かれ、仲間の一人を失うことになりました。そこでフランチェスコの一行はローマ教皇に請願しに行き、ローマ教皇に謁見することになりました。

 その時にフランチェスコはイエス・キリストが語ったマタイによる福音書6章の25節以下の次の箇所を引用してローマ法廷で語りかけました。

 

 自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。

だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。

あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。

働きもせず、紡ぎもしない。

栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

 

 フランチェスコの語った言葉に教皇はいたく心を動かされ、彼に跪いて足に接吻をしました。

 私たちは、思い悩む存在です。いつも何らかの不安を覚え、将来のこと、日常の様々なことに思い煩います。聖書は「自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。」と私たちに語っています。

 自然の動植物は神から与えられた命をたくましく、美しく生きています。創造主である神にすべてをゆだねて自然界の生き物は生きています。野の花はギリシャ語でクリノン(ユリ)と記されていますが、クリノンは地中海沿岸地域で生息するアネモネの花であろうと言われています。「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」神の創造した花はどのような服よりも華麗で美しく完璧ともいえる存在なのです。

 私たちは様々な思い悩みを抱えていることと思います。そんな時、身近な自然に触れて創造主の偉大さと恵を感じ、畏敬と感謝の気持ちをもって、私たちの思い悩みを神にゆだね、平安と癒しが与えられることを祈ります。

 

 

祈り

「恵深い天の父なる神さま、私たちは思い悩むことが多い存在です。でも、神様、あなたはいつでも私たちの思い悩みの重荷を背負ってくださいます。このことを覚えて感謝いたします。私たち一人ひとりが創造主である神のことを覚え、平安と安らぎが与えられますことを祈ります。アーメン。」