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6月15日(水)全学礼拝 (賛美歌BGM付)

2022.06.15
オンライン礼拝

奨励者:小林信人(日本基督教団高輪教会牧師)

新約聖書:ヨハネによる福音書 第15章4~5節(新共同訳)P.198

「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」

奨励: わたしにつながっていなさい

 

 

 「わたしにつながっていなさい」。主イエス・キリストはそうおっしゃいました。他者との繋がりを色々な意味で実感している昨今でしょう。他者との繋がりを色々と試行錯誤している昨今だと言っても良いかもしれません。そんな私たちに聖書は、神さまと繋がることの幸いを語ります。そうです。神さまと繋がって歩む人生は幸いなのです。いや、神さまと繋がらなくても幸いな人生を歩むことができるのではないか、そんな風に思うかもしれません。しかし、声を大にして言わせてください。神さまと繋がる人生こそ、幸いな人生です!と。

 

 キリストはおっしゃいます。「ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」「わたしを離れては、あなた方は何もできないからである。」。人は無力な存在です。神さまにつながっていなければ何もできないと聖書は語ります。しかし、これは裏返せば、「あなたは一人で何でもしようと頑張らなくてもよい」と言っているということです。私たちは一人で頑張らなくてよいのです。一人で頑張っても無理だからです。私たちは神さまと繋がり、神さまの力を得ることがなければ何もできないのです。ただ、それで終わりではありません。一人で頑張る人生から前向きに逃れる道があるのです。それが、神さまと繋がって生きる道です。

 

 では、どうすれば神さまと繋がることができるのでしょうか。まず、神さまに心を向けることです。繋がる対象に心を向けることなしに繋がることはできないでしょう。神さまに心を向ける時間が聖学院の日常には用意されています。そんな貴い時間を有効に使ってみましょう。神さまに心を向けることが出来たら、祈ってみましょう。祈るというと大げさかもしれません。語り掛けてみましょう。神さまへの語り掛けは、神さまへの祈りとなり、それが、神さまと繋がっている実感を私たちにもたらします。これができればもう怖いものはありません。何かを頼りにして生きることは決して恥ずかしいことではありません。世の中の大多数からは、神さまなんて、と言われるかもしれません。けれども、たとえ大多数から疑問符をつけられたとしても、それで人生が平安になれば、それ以上に幸いなことはないのではないでしょうか。神さまに向き合い、神さまに繋がる人生、おすすめです。「わたしにつながっていなさい」。

 

 

祈り

「父なる神さま。今私たちは、繋がりを求めています。そんな私たちに、何よりの繋がりをお示しくださり、心から感謝いたします。どうぞ神さま、その道へ私たちを導いてください。私たちの頑なな心をあなたが和らげて下さり、素直にあなたに語り掛ける心を私たちにお与えください。主・イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。」